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生と死は 表裏一体 どう死ぬかは どう生きるかで 決まる 人間で最も大切なことは、死に際と言われます。平安な心で終わりを迎えたいものです。私は、特養老人ホームに勤務していますが、終末期を迎えている人々がホームで終わりを迎えられます。私は、お二人の方の死に立ち会うことで、「どう死ぬかは、どう生きるかで決まる」ということだと教えられました。 3月の末のある日のことでした。朝7時過ぎにホームに着いたときです。夜勤の職員が私の部屋に、緊張した表情で飛び込んできました。「Sさんの状態がおかしいのです。すぐ来てください」と。Sさんの部屋に行きました。Sさんの呼吸が確認できません。「Sさん、Sさん、しっかりしてください。」と、手を握りました。すぐに家族に連絡をして、協力病院の院長に連絡を取りました。 同じ部屋にいる方は、幸いに朝食のために食堂に行っていました。すぐに医務室の隣にある一人部屋に移動させました。そして、家族と医師を待ちました。夜勤者の話によりますと、6時にチェツクしたときには、意識があったとの報告を受けました。その夜は娘さんが宿泊されて6時に帰宅しています。その後のSさんの生と死の境目は分かりませんでした。まもなく、医師がきて死亡を確認しました。家族がおいでになりましたので、家族がSさんとお別れをしていただくため、部屋を出ました。彼女の死に立ち会って、彼女が自然に死を受け入れられている姿に接して感動しました。自然のなかに帰っていかれるような感じでした。 私は祈りました。「神様、Sさんをあなたの元に送ります。どうか、あなたの傍でゆっくりと休ませてください」と。ホームに入所している人々は、死に向かい合って過ごされています。自分の不自由な身体と精神状態を受け入れていきます。ですから、死に際しても、自然に受け入れていく姿になるのだと思いました。 4月にはいってから、Kさんが96歳でホームで息を引き取られました。朝の早い時間でした。この時も幸いにも、私はKさんの死に立ち会いました。Sさんのときと同じでした。何時息を引き取られたか分かりませんでした。医師が死亡を確認するまでは、生きていられると思うぐらい、静かに終わりを迎えられました。 Kさんの場合は、自宅では通夜も葬儀もしないということでしたので、ホームで簡単なお別れ会をしました。彼女はホームに10年間過ごされました。終末期は寝たきりでしたが、静かな方でした。私が朝お部屋に行って朝の挨拶をするとき、いつも「ありがとうございます」と笑顔で言われていました。 お二人の死に立ち会って、最後まで生ききった人は、死が自然であり感動的であることを実感しました。どう死ぬかは、まさにどう生きるかにつながると思いました。日々のよき生き方によってよき死は迎えられるのだと思いました。 |
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