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人生に 志をもつ 自分の道を 自分の 意思で決める よく人生相談を受けることがある。先日も「私は人と比べて仕事ができない、自分がいやになる。どうすれば良いかが分からない」という相談を受けた。人と比較して自分を否定している。どうも人間は人と比較して自分を評価する癖がついている。 その人に、「あなたは、この世に一人しかいない人です。自分を人と比較するのではなく、自分の良さを認めてください。良いところがたくさんあるではないですか」と答えた。しかし、その人はなかなか自分を肯定してくれなかった。 人生は選択であると思っている。自分の人生を否定的にとらえれば否定的な人生を送ることになる。彼は否定の人生を選択したことになるが、そのことに気づかない。 人生を選択するとは、自分の人生をどう生きるか、自分の意思を決めることである。私は、人生の岐路に立ったときは、自分の意思で決めてきた。自分が決めるならば、たとえ失敗しても、諦めがつくからである。人生に自分の意思を明らかにすることを「志」という。私は、生きるとは、自分の志を貫くことだと思っている。その志がたとえ未完で終ったとしても、志に向かって生きた日々は充実していたと思う。 人生は舞台だとも言える。人生が舞台とするならば、自分の人生のシナリオは自分自身が書かなければならない。他人のシナリオで生きるならば、自分が生きるのではなく、書いた人の操り人形になるということである。そのような人生では、ここに存在している価値がないと思う。 「生きる」とは、「自分の志を貫くこと」だとするならば、志とは何かと考えなければならない。志というものがない人生は、退屈で無意味のないものになろう。志があるから、前に進もうとする意欲が生まれる。また、生きる力が生まれる。社会も前進する。 江戸から日本に大変身できたのは、長州藩の若者たちが「日本を創る」という壮大な志を持ったことにある。中でも坂本竜馬は志に生きた男である。彼の志が日本を創ったと言っても過言ではない。それにしも、昨今の政治家、経営者、教育者に志がないことを憂う。あまりにも、自己保身が見える。志は、別の言葉で言えば変革することでもある。 現代社会が行き詰っている。このような時は、変革のときであろう。まず国に志が必要である。都道府県に志が必要である。企業に志が必要である。志があれば、人々はその志に共鳴して、その実現に向かうであろう。 その意味では、最も志が必要なのは、私たち一人ひとりの志である。「明日どう生きるか、自分を世のためにどう生かすのか」、その意思を明らかにする。それが志である。 |
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他者の心無い行動により、私に直接、マイナスに大きく影響していることがあり、今も継続しています。やや将来に悲観していました。 |
TODA 2008/03/27 20:07 |
前に向いて仕事をしておられる姿が目に浮かんできます。将来が輝くためにも、自分の志をもつことが大切です。志があるから、現在が意味を持ちます。未来に希望が持てます。現在がつらくとも、それを超える力が与えられます。 |
タカヒロ 2008/03/28 10:33 |
先生、ありがとうございます。 |
TODA 2008/03/29 19:31 |
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