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help リーダーに追加 RSS 隣人を愛する

<<   作成日時 : 2008/01/29 20:34   >>

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隣人を
愛すること

自分を
愛することだ



 隣人愛を教えた聖書の物語が「良きサマリア人」です。この物語は、旅の途中で追いはぎにあったユダヤ人をサマリア人が助けるという物語です。場所は古くからの通商、交通の要所であったエリコに行く途中の山中です。ユダヤ人の旅人が追い剥ぎにあいます。旅人は、持ち物を奪われた上に半殺しの目にあいます。そのそばを三人の人が通りかかります。この三人が重傷の旅人にどう接したかが、物語の中心です。

 まず、旅人の仲間であるユダヤ人の祭司やレビ人が通ります。祭司やレビ人は神につかえるものですから、当然この重傷の旅人を助けるべきであったのですが、彼らは見てみない振りをして、この場を通りすぎて行きます。多分、この旅人を助けなければならないということは分かっていたでしょう。しかし、面倒なことに関わることは避けたかったのでしょう。遠巻きにして行ってしまいました。

次にサマリア人が来ました。彼は旅人を助けたのです。サマリア人は古くから、ユダヤ人とは敵対関係にありました。だから、この重傷の旅人を見捨てて通り過ごしても当然です。しかし助けたのです。本来仲間を助けるべき祭司やレビ人は重傷の旅人を無視して通り過ごしたのに、敵対関係にあったサマリア人はこの旅人を助けたのです。そして、その場で介抱しただけでなく宿屋に連れていき、宿屋の主人に代金を渡して、後々のことまで世話を頼みます。なかなかできることではありません。

 この物語で、注目するべきところは、隣人とは思われなかった人が、隣人になって助けたのです。サマリア人は自己犠牲で助けたのではなく、助けることが喜びであったと思います。人のいのちは人の役に立つように造られていると思います。ですから、自分のことしか考えないのは、自分の命を愛していないということと同じだと思うのです。本当の自分への愛とは、自分が与えられた命を隣人のために用いることだと思います。

 自分を愛するとは、隣人のために自分の命を使うことであると思います。決して自分のために自分の命を使うことではないのです。人のために自分の命を使うことは自分を愛することであると思います。 ですから、自分を愛することと、隣人を愛することは決して矛盾しないのです。隣人を愛することは、自分を愛することなのです。ここに真理があります。

 隣人への愛は、自分の命を生かすことなのです。隣人への愛は、自分の命を隣人のために生かすことであります。神は、私たちの命を人のために生かすために造られたのです。ですから、人のために自分の命を生かすことが、自分がここに生きている目的につながり、自分の命に喜びが湧きいでて来るのです。与えることが、すなわち与えられることなのです。与えるという行為の中で、与えられるのです。
 

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