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怒る心を 静めるに 人には 許す心が 与えられている よく、根も葉もない中傷に悩まされることがあります。非難をうけるはずのないことで非難されたり、相手への善意の行いが、逆に悪意に受け取られたりするとき、自分の正義を主張したいものです。怒りたくもなります。 でも、それはかえって、ますます自分を苦しめることになります。自分の正義は、なかなか理解してもらえないからです。 ではどうすれば、怒る心が静められるのか。このようなとき、私は十字架にかかったイエス・キリストの言葉が頭をよぎります。 イエスに救われ、イエスをほめたたえていた人々が、当時の支配階級の人々に扇動されて、イエスを「十字架につけよ。彼を十字架につけよ」と、言い続けて、ついにイエスは十字架につけられます。そのとき、イエスは、自分を十字架につけろと叫んでいる人々に対して、神に彼らの行為の許しを祈ります。 「神よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているか分からずにいるのです」と。自分を十字架につけた人々の罪を許してくださいと、祈ったのです。 私たちは、自分を傷つけたり、自分の命を奪う人を許すことは出来ません。しかし、イエスは「彼らを許してください」と祈ったのです。 人は、理不尽な行為を許すことは出来ません。それが当たり前なのです。でも、許さないと、怒り続けても何も解決できません。ますます自分の心が怒りで苦しくなります。 ある人が私に自分の仕事の不満をぶつけてきました。まったく私が関係することではありませんでしたが、彼は私の所為だと言うのです。わたしは話を聞きました。 最初は、その人の要求を論破しようと思っていたのです、それが全く意味のないことに気付きました。彼は自分の仕事の不満を私にぶつけることが目的であることに気づいたのです。本気で解決を求めていないと思ったのです。 私は、「ごめんなさい」と、彼に言いました。そう言うとなぜか私の心が軽くなりました。彼を許す気持ちになりました。彼は満足したようです。彼と争わなかったことを感謝しました。 |
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