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help リーダーに追加 RSS 過去に光を当てる

<<   作成日時 : 2007/09/25 05:42   >>

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過去に
光を当てる
自分から
解放されて
新しくされる


 ライフデザインセミナーに、「過去に光を当てる」というステップがある。人は自分の過去に囚われて自分を肯定できないときがある。思い出したくない過去があるからである。

 先日のセミナーで、「過去なんか思い出したくない、できれば消してしまいたい」という受講生がいた。私は、「過去に光を当てるとは、過去を肯定して現在を肯定することです。思い出したくなくても、過去を消すことは出来ない、現在あるのは、その過去があったからです。むしろ過去を肯定してみましょう。辛い思い出であっても、その過去があって現在の自分があることは否定できない、とすれば、むしろ肯定したらどうでしょうか」と、彼女に話した。

 皆さんに、シートに自分の輝いた日と挫折した日を書いてもらった。自分の輝いた日と挫折した日を書く段階になって、書ける人と書けない人が出てくる。挫折の日がかけない人は、その日の自分と向かい合いたくない人である。思い出したくない人である。

 書けない人も、徐々に忘れたい過去が表面に出てくる。過去に光が当たる。そして、書いた自分の過去を語るときになった。輝いた日と挫折した日を語るが、むしろ挫折した日を語る時間が長い。いままで自分の内にしまっていた過去に光が当たるのである。

 彼女が過去を語る番が来た。自分が幼いころに傷ついたことを語り始めた。父の期待に応えようとして挫折した体験を語り始めた、話の途中で泣き始めた。自分に対して強い嫌悪感を持っていたようだ。自分のうちにあった闇の部分なのだろう。闇の過去に光が当たり始める。話し終えた彼女の表情はなぜか穏やかだった。過去に光を当てるとは、闇にしていた過去を自ら書き、語ることである。挫折の日が自分にとって貴重な体験であったことに気付く。

 私もそうだった、エッセイの原稿を出版社の社長に見せたとき、「あまりきれいごとばかりで、闇の部分がない。」と言われて、いままで隠していた会社を倒産させたこと、息子が家出したことを書き始めた。書き終えたとき、なぜか心が軽くなった。自分の恥部と思っていた闇の部分に光が当たり、挫折した日が私にとって必要であったことに気付かされた。

 大きかったことは、恥部と思って隠していた闇の部分を光に当てることで、自分の心を縛っていたものから解放されたことである。今では、むしろあの挫折体験があってこそ、今日の自分があると思っている。過去に光を当てることで、過去が輝いてくる。明日のために必要であることに気付く。

 挫折体験を泣きながら語った彼女と後日会った。「あの日から、心が軽くなった」と笑顔で話してくれた。彼女は心の闇から解放されたのだろう。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
自分にとってコンプレックスとなる嫌な事が自分ではバネとなっていると思っても、その過去に光を当てることが必要なのでしょうか?その場合、自分の心の内にしまっておくだけでも良いような気がします。それとも他者に、信頼のおける者にそのことを話すことでその過去が一層輝いてくるのでしょうか?
出来の良い?門下生TODAより
2007/09/26 23:08
過去に光を当てるとは、自分の中にしまっているものを外に出してみようということです。無理に出すことはないのですが、コンプレックスになっていることが、外に出すことでコンプレックスがプラスに転換するということです。過去を否定していなければよいのですが、否定していたとすれば、外に出すことで肯定できるということです。他人に話してもよいでしょう。話しているうちに、過去がマイナスからプラスになると思います。試してください。
タカヒロ
2007/09/30 21:06

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