|
生きがいをもつとき 自分を 必要とする人がいる 自分を 必要とすることがある 人がいきいき生きていると思えるときは、自分を必要とする人がいるとき、また自分を必要とすることがあるときである。生きがいをもって生きているときである。人は、生きがいをもつことが、生きることであるとも言える。 自分を必要とすることがあるとき、自分が仕事や活動を通して、自分が生かされているときである。世の中や他人のために役に立っていると感じるときである。 子供を育てている母親のように、母を必要とする子供の存在のように、自分を必要とされる人がいるときとき 自分が生きる支えになる。 介護の現場に立ってみて分かることは、自分を必要とする人々が自分の存在に価値を与えてくれる。自分の中に愛の心が芽生えてくる。喜びが生まれる。こんな自分でも、必要とする人がいる。この事実を知るとき、生きている実感を覚え、生きがいになる。 生きがいは、自分中心的な考え方で生きるのではなく、お互いに支えあっていることを自覚して生きることだと思う。 神谷美恵子氏は、「生きがいについて」の次のように述べている。 『「私は、必要とされているのだろうか」と、私たちは時々自分の存在価値に疑問を感じることがあります。生きる意欲の原動力は、「自分を必要とする何かがあり誰かがいる」と意識している時です。自分が必要とされているとは使命があることです。だから、生きがいは自分の使命によって明らかにされるのです。』 生きがいとは、自分が使命を果たしているときに感じるものであるようだ。使命というと、何か難しく思うが、自分の役割ということである。ここに生きているということは、意味があるからであり、役割があるからだと思う。生きるということは、自だけが楽しければいいというわけにはいかない。自分が自分の楽しみだけに生きるときには、生きがいは生まれないものだ。 他者が輝くように生きているときに、実は自分に光が当たるのである。他人のために、お役立ちすることが自分の存在を価値あるものにする。生きがいが生まれる。 |
| << 前記事(2007/09/11) | トップへ | 後記事(2007/09/25)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
高いテーブル、椅子は足を短く
小柄なお爺さん、おばあさんのいらっしゃる家庭では家族での食事の時、テーブルでしょうか?それとも、和室での食事でしょうか?昔は和室でちゃぶ台の上でご飯を食べていました。今では洋間で床はフローリングテーブルでの食事が当たり前の時代になっています。その様な時代に背の低いお爺さん、おばあさんはテーブルの椅子も高く座るのに大変では無いでしょうか?もしかしたらテーブルと椅子が高いのでは無いでしょうか?一度確認してみては?高ければ足をノコギリでカットし金物屋さんでテーブルの足の下に付けるゴ... ...続きを見る |
自宅介護のコツとアイデア 2007/09/17 15:57 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2007/09/11) | トップへ | 後記事(2007/09/25)>> |