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<<   作成日時 : 2007/09/17 11:14   >>

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生きがいをもつとき
自分を
必要とする人がいる
自分を
必要とすることがある



 人がいきいき生きていると思えるときは、自分を必要とする人がいるとき、また自分を必要とすることがあるときである。生きがいをもって生きているときである。人は、生きがいをもつことが、生きることであるとも言える。

 自分を必要とすることがあるとき、自分が仕事や活動を通して、自分が生かされているときである。世の中や他人のために役に立っていると感じるときである。

子供を育てている母親のように、母を必要とする子供の存在のように、自分を必要とされる人がいるときとき 自分が生きる支えになる。

 介護の現場に立ってみて分かることは、自分を必要とする人々が自分の存在に価値を与えてくれる。自分の中に愛の心が芽生えてくる。喜びが生まれる。こんな自分でも、必要とする人がいる。この事実を知るとき、生きている実感を覚え、生きがいになる。

 生きがいは、自分中心的な考え方で生きるのではなく、お互いに支えあっていることを自覚して生きることだと思う。

神谷美恵子氏は、「生きがいについて」の次のように述べている。
『「私は、必要とされているのだろうか」と、私たちは時々自分の存在価値に疑問を感じることがあります。生きる意欲の原動力は、「自分を必要とする何かがあり誰かがいる」と意識している時です。自分が必要とされているとは使命があることです。だから、生きがいは自分の使命によって明らかにされるのです。』

 生きがいとは、自分が使命を果たしているときに感じるものであるようだ。使命というと、何か難しく思うが、自分の役割ということである。ここに生きているということは、意味があるからであり、役割があるからだと思う。生きるということは、自だけが楽しければいいというわけにはいかない。自分が自分の楽しみだけに生きるときには、生きがいは生まれないものだ。

 他者が輝くように生きているときに、実は自分に光が当たるのである。他人のために、お役立ちすることが自分の存在を価値あるものにする。生きがいが生まれる。

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